活動報告 2026.10.26
横浜マラソン2026 医療救護活動報告
〜過酷な気象条件下での多機関連携と先端救護の実践〜
横浜市立大学救急医学教室では、横浜マラソンや横浜八景島トライアスロンフェスティバルなど、地域の大規模スポーツイベント・マスギャザリング(多数集合)イベントにおいて医療救護体制の構築と運用を担い、大会の安全な開催と地域医療の防衛を両立させています。
2026年10月25日(日)、横浜ベイエリアを舞台に開催された「横浜マラソン2026」(出走者約32,000名)において、当教室は医療救護本部をはじめ、フィニッシュエリアであるパシフィコ横浜救護所、コース上の各救護所、ドクターランナーとして多数の教室員を派遣し、総力を挙げて救護活動を展開いたしました。
本大会は、激しい風雨と急激な晴天・高温多湿が混在する極めて過酷な気候条件となり、例年を大幅に上回る傷病者が発生いたしました。本稿では、医療本部での統括指揮、パシフィコ横浜救護所での高度なトリアージ・診療実践、ドクターランナーによるコース上救護、そして先端的な心電図伝送やPOC検査機器を導入した新たな取り組みについて、活動に携わった教室員のレポートを交えてご報告いたします。
医療救護本部より:過酷なコンディション下での総合指揮と地域救急診療のの継続
(報告:横浜市立大学附属病院 救急科 講師 小川 史洋)
2026年10月25日、横浜マラソン2026が開催され、当教室が中心となり無事に救護本部運営を完遂いたしました。
当日は朝から高温多湿の曇天で、スタート時から過酷な環境が予想されていました。8時30分のスタート以降、土砂降りの雨から急激な晴天へと天候が急変し、特にコースの特徴である高速道路上は遮るもののない直射日光と強風が吹き荒れる極めて厳しいコンディションとなりました。
こうした環境下、傷病者は例年以上に急増・重症化いたしました。特にスタートから3時間半〜4時間半が経過した正午前後(12時前後)には、各救護所およびコース路上からの救急要請が集中し、ショックプロトコールに該当する重症症例も発生いたしました。
【本大会における搬送・救護実績速報(16時現在)】
救急車搬送総数:41件(前年の16件に比べ約2.5倍へ急増)
横浜市消防局救急隊:23件
民間救急車:18件
入院加療を要した症例:8件
CPA疑い症例:1件(現場ROSC達成)
本部運営においては、明確な指揮系統のもと各救護所リーダー医師と直通のホットラインを構築。コーディネーターからの情報集約に加え、本部から能動的な状況把握を行い、横浜市消防局との協働のもとで搬送先を分散・選定することで、一般救急が逼迫する時間帯においても地域医療体制への過度な負荷集中を防ぎました。
けいゆう病院、横浜みなと赤十字病院をはじめ、急患を迅速に応需いただいた市内各医療機関に受け入れていただきました。
All Yokohamaで対応しています。
医療救護本部・心電図伝送支援より:多機関連携の要と18誘導心電図伝送の成果(報告:横浜市立大学附属市民総合医療センター 久保祐斗 救命士)
竹内教授、小川先生、野垣先生のご指導のもと、今年も医療救護本部にて活動いたしました。
本部では、傷病者発生情報のリアルタイムな収集と、横浜市消防局や医療コーディネーター等の関係各機関と緊密に連携した搬送調整を担当いたしました。悪天候に伴い各救護所での対応件数が増加するなか、統合指揮による迅速な情報共有と医療アクセスの確保がいかにランナーの生命維持に直結するかを身をもって学びました。
また、昨年に引き続き日本光電様のご協力のもと、21件(昨年は6件)に及ぶ18誘導心電図伝送を実施いたしました。
伝送された波形から1件の急性心筋梗塞(STEMI)疑い症例を早期に特定し、専門医療機関への迅速な救急搬送・根本治療へとつなげることができました。
現場と本部、受入病院をICTで結ぶ18誘導心電図伝送システムの有用性を改めて実証する成果となりました。多数傷病者対応のマネジメントを、今後の救急・災害医療業務に還元してまいります。
パシフィコ横浜救護所 統括より:次年度研究を見据えた臨床機能強化とチーム医療の結実(報告:横浜市立大学附属病院 救急科 准教授 大井 康史)
本年度の横浜マラソンにおいて、フィニッシュエリアであるパシフィコ横浜救護所の統括を担当いたしました。
今年度は、次年度から本格開始を予定しているマラソン研究を見据え、例年担当している市民総合医療センターチーム、市民病院チームに加え、附属病院チームも合流し、例年以上に手厚いスタッフ配置と運用検証を行いました。今回は悪天候の影響で重症度の高いランナーが多数来所する厳しい現場となりました。
最終的にパシフィコ救護所では計70例の傷病者に対応し、20例を超える静脈路確保(急速輸液)、21例の18誘導心電図検査を実施いたしました。
さらに、携帯型血液分析装置(EPOC)による血液ガス・電解質評価、血中ケトン測定、POCUS(超音波検査)を駆使し、救護所内での詳細な病態評価を完結させました。その結果、不要な病院搬送を回避し、救護所内での適切な処置のみで安全に帰宅へ繋げられた症例が多数にのぼりました。
病院搬送が必要となった症例についても、本部の先生方による迅速な搬送先選定と各スタッフの連携により、極めて円滑に対応することができました。
パシフィコ横浜救護所 運営スタッフより:限られた空間での動線管理と多職種連携(報告:パシフィコ横浜救護所 横浜市立市民病院 島田航輔医師)
大井先生の指揮のもと、パシフィコ横浜救護所にて診療スタッフとして活動いたしました。
開設当初は穏やかだった救護所も、競技進行とともに息つく暇もない多忙を極めました。来所者の多くは脱水症や筋痙攣などの軽症例でしたが、「軽症者が殺到する状況の中から、いかに真の重症者を見落とさず拾い上げるか」という、マスギャザリング特有のトリアージ判断の難しさを改めて痛感いたしました。
現場に大きな混乱が生じることなく円滑に診療が進んだのは、これまで歴代の先生方が積み重ねてこられた横浜マラソンの完成された組織体制の賜物であり、深く敬意を表するばかりです。
また、今年度から研究的アプローチも兼ねて試験導入されたPOC血液ガス分析(EPOC)、血中ケトン測定、心電図検査は、帰宅か搬送かを判断する上で極めて有用でした。
一方で、マラソン直後の特殊な生体環境下におけるデータ解釈(予想外のケトン体上昇など)には新たな医学的知見と興味深い課題が多く含まれており、今後の研究の大きな糧になると感じております。病院の垣根を越え、医局の仲間とともに一丸となって活動できたことは、救急医としての純粋なやりがいを実感する貴重な経験となりました。
パシフィコ横浜救護所 診療スタッフ手記:組織の力と「通常診療と異なる判断」の奥深さ(報告:横浜市立大学附属市民総合医療センター 古谷小夏 救命士)
本救護所では、フィニッシュ直後や途中収容された傷病者、各救護所から搬送されたランナーなど計70名に対応いたしました。
主訴は重度の筋痙攣や悪心・嘔吐が多く、約3割の症例に急速静脈路確保・輸液処置を施し、9名が近隣医療機関へと救急搬送となりました。
救護所内では、傷病者記録表を用いた徹底したベッドコントロールのもと、処置と救急搬送調整が同時並行で進められました。
21例で実施された18誘導心電図は、緊急性の判定や搬送先の的確なマッチングに大きく寄与しました。
昨年の本部活動の経験と比較し、現場救護所においては「傷病者の重症度に応じた動線分離」「迅速な処置を可能にする資器材レイアウト」「限られたスペースを最大限に活用する多職種間の役割分担」が生命線であることを実感いたしました。
ドクターランナーより:市民ランナー目線で体感したコース上の過酷さと医療リスク(報告:南町田病院 救急科 内山 宗人 医師)
今回、4時間台で走る市民ランナーの目線を持つ「ドクターランナー」としてコース上に出走・参加いたしました。
この時期のフルマラソンはランナーにとって気温との戦いであり、20℃を超える環境は過酷を極めます。実際のコース上では、以下のようなリアルな医療リスクを体感しました。
| 序盤(〜5km): 周囲とのペース差による交錯・転倒リスクや、脱ぎ捨てられた防寒具による足取られ。 |
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| 中盤(〜20km): 練習量に応じたペースダウンや歩行者の発生。 |
| 高速道路区間(20km〜): 高架下の吹き込む雨から一転、本線上の遮るもののない日差しと強風に晒されました。さらに車道特有の横断傾斜(バンク)がランナーの関節や筋肉に大きなアンバランスと負担を強います。沿道応援もないなか、20kmを過ぎて足をつる人が続出し、路上で4台の救急車と遭遇するほどでした。 |
| 終盤〜ゴール(30km〜): 高速を降りる下り坂での下肢への決定的なダメージ、ゴール直前の気力でのラストスパートに伴う過換気や四肢の痺れ、低血糖、ゴール直後の虚脱・意識障害。 |
自身も25km以降は周りに目を配る余裕を失いかけるほどの過酷さでしたが、コース上の過酷な環境とランナーの生体反応を現場で身をもって体感できたことは、今後のプレホスピタル救護体制を考える上で極めて大きな知見となりました。
天候不順により例年以上に過酷を極めた横浜マラソン2026でしたが、現場の救護所スタッフ、本部の統括チーム、ドクターランナー、消防局、行政、民間救急、ボランティアの皆様、そして後方で一般救急体制を守ってくださった各連携医療機関の皆様の強い絆により、大きな破綻なく全日程を安全に終了することができました。
横浜市立大学救急医学教室では、過去のラグビーワールドカップ2019や東京オリンピックなどの国際大会で培った知見を活かし、今後も学術的研究と先端医療機器の導入を進め、安心・安全なスポーツ環境と地域医療の発展に貢献してまいります。
救急医療、災害医療、そしてマスギャザリング医学の実践と研究にご興味のある医師・医学生の皆様の見学・お問い合わせを心よりお待ちしております。